左脳は右脳の夢をみる

24歳で脳出血を起こしても、この世界で誰かを守るために生きる1人の軌跡。

♩=118

午前8時30分頃ー改札からどっと流れ出る人の列の合間を抜けて歩く。

数日前から私は院内を歩く前に医療スタッフの足元を観察するようになりましたーイヤホンから聴こえるメトロノームのテンポを合わせながら。

入院当初から担当理学療法士のエノモトさんと「退院までに通勤ラッシュを経験しよう」と話していたのですが、ついに昨日、私は「千葉県の通勤ラッシュ」を経験しました。

私は空間把握能力のある右脳に脳出血を起こしたため、日常生活にはほぼ支障がない程度ではあるものの、物や人との距離感を把握することが苦手になっていますーつまり、大勢の人を避けながら歩くことが苦手。

そこで、私は昨日までこの課題を乗り越える方法として「メトロノームアプリのテンポに合わせて歩く」という自主トレを行なっていました。

つまりー院内のスタッフ(特に看護師)は日々患者の対応に追われているため、歩行スピードが通勤ラッシュの社会人に近いのではないか…という仮説を立て、彼らの足元を見ながら平均的なメトロノームのテンポを探っていたのでした。

そこで行き着いた答えは「♩=118〜120」。

通勤ラッシュの波を掻き分けて歩くために必要なテンポがこれ。自分と他人との距離が把握しづらかろうとも、こちらがこの平均テンポを崩すことなく歩けば大抵の場合、相手も避けてくれるだろうし、ぶつかってしまってもその時はお互い様だろうー。

 

8時過ぎー掴まる場所もないため、ただ約20分間、揺れに耐える。そして乗り換え練習のため、無駄に途中駅で乗り換えをする。

電車間を通る人と向かいの電車から降りてくる人の間をすり抜けて乗り換える。

心の中でメトロノームの無機質な音は響いていなかった。でも、ただ「会社に行きたい」という思いが♩=118のテンポで私の脚を動かしていたような気がしました。

 

退院後、もし会社に歩いて向かう日が来たなら私はどれくらいのテンポで歩いているのでしょうかーせめて初日は嬉しさが勢いになり、♩=120ぐらいはあると嬉しい。