左脳は右脳の夢をみる

24歳で脳出血を起こしても、この世界で誰かを守るために生きる1人の軌跡。

会心の一撃

復職へ向けて真っ直ぐに進む(正しく目標設定をする)ためにリハビリの先生方にお時間を頂いてミーティングを行った私。

 

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今日のミーティングのために昨晩消灯時間ギリギリまで机に向かっていたのですが、結局復職までの大雑把なスケジュールすら想像がつかない私がまとめられたのは以下の3つだけ。

 

(1)ミーティングの意図

リハビリから復職までの目標を具体的にするため、先生方の考えているリハビリの方向性を参考にしたい

(2)退院までの目標

・日常生活の自立(FIMという評価軸【着替えなどが含まれる】の合計が110以上)

(3)復職までの目標

・脚:通勤ができる(徒歩・電車各1時間程度)

・手:パソコンのキーボード操作が左手5本の指を使ってできる(因みに今このブログを書くのに使っている左手指は人差し指のみ)

 

上記を「恐る恐る」伝えたところ、担当で主任のスギヤマ先生がゆっくりと頷いてくださいました―「まずは実家に帰ることを考えて生活を楽しむためにどのようなリハビリをしたいか考えたらどうかな?復職までの道のり(一人暮らしやリハビリ出勤・仕事内容など)は例えば退院目処を6月下旬にしたとしたらその頃のオオサワさんの状態を見て会社も含めて話し合うことになるかなと考えているよ」―あゝ私はまた「スライム」ではなく、敵うはずもないその先に剣を向けていたのか。

というのも、これは社会人1年目から先輩によく注意されていることで、私には【高過ぎる目標を立てる】つまり【自分の力量や現状から目を背ける】傾向があるからです。

先ほど「恐る恐る」と書いたのもこれを危惧してのことでした。

 

この後、脚のリハビリを担当して下さっているエノモト先生から「5月下旬を屋内装具なし歩行、6月中旬を公共交通機関に乗れる」状態の目処にしてリハビリをしていく旨を伝えて頂き、1時間のミーティングは終了。

【真っ直ぐな道を進む】ための地図はまだ未完成ですが、地図の羊皮紙は手に入ったような少しの安心感がありました。でも、その一方で金銭的に一人暮らしができるのか?や復職したとしてどのような働き方があるのか?など、情報の不足を痛感しました。

まだ頭の中で解を見出せない私でしたが、エノモト先生とのリハビリへ出発することに。先生とのリハビリモットーは「とにかく歩く」。身体に正しい歩行を再学習させるためです。

でも、今日は椅子に座った状態からスタートしましたー「さっきの話し合いで聞けなかったんだけど、オオサワさんはどんな風に歩きたい?杖と装具もファッションや武器として歩く?」

ー「今は多様性の時代だから私の患者さんでも逆にこれらを武器として使って道を譲ってもらったりしながら歩いてる方もいるけど、オオサワさんは?」

ー『【高過ぎる目標】かもしれないですけれど…私は装具も杖もなしで以前の様にパンプスを履いて通勤して、クリエイターの方にインタビューをしたいです』

ー「【高過ぎる目標】って決める資格は私にはないよ、だってこれはオオサワさんの人生なんだから。オオサワさんが決めたなら私たちはそこまでお手伝いするだけだから!…オオサワさん、私の好きな言葉を教えてあげるー闘いを避けるモノに【会心の一撃】は出せない、らしいよ」

エノモト先生の言葉に思わず歩を緩めた私ーそうか、これはクライアントも関係ない、私だけの責任と意思で歩める道なんだ。なら希望をそのまま目標にしたっていいじゃないか。

最初から目の前に現れたスライムのその先に剣を向けていたって、今の私に自分が弱者である現実から目を背けることはできない。それをするには命と心を救ってくれた沢山の人の助けと言葉を棄てることになってしまうから。

そして何より、数度の休職を経てやっと出会えた現職への復帰が確固たる目標である以上、左手脚がひねくれた自分との対峙は避けては通れないから。