左脳は右脳の夢をみる

24歳で脳出血を起こしても、この世界で誰かを守るために生きる1人の軌跡。

火照るカラダ、溢れるナミダ、溶けるアイスクリーム

私が今入院している慶應義塾大学病院は15時前におやつのバニラアイスが出ます。

看護助手さんの話によると(私の記憶には全くない!)誕生日の3月4日に入院してから3月18日の手術前まではアイスクリームを食べるどころではなく、始終「頭が痛い!気持ち悪い!吐く!」と苦しんでいたらしいのですが、11時間にも及ぶ脳外科手術を通して沢山の方々に助けられた今の私は小さめのカップに入ったバニラビーンズ入りのアイスクリームをペロリと平らげてしまいます。

午後のリハビリから帰ってくると丁度おやつタイム。頑張った後のご褒美アイス、です。

しかし、今日はアイスクリームを一口も食べられず、すべて溶かしてしまいました。

今回はその理由について、少し長くなりますがお話ししたいと思います。

ー13時から始まったリハビリ。

脚のリハビリがお休みだった代わりに「脳機能テスト」を私は受けました。

内容はB5用紙に印刷された沢山のひらがなの中から特定のひらがなを見つけるもの、見本の通りに絵を描き写すもの、などなど…ここで私は新たな壁に出会います。

絵を描き写し終えた私を見て先生が『どこか欠けているところはない?』と言ったのです。

「えっ!?」

脳出血で倒れて11時間にも及ぶ手術を受けて10日以上が過ぎましたが、入院生活でものが見えづらいなどの症状に悩んだことは一度もありませんでした。

しかし、言われて確認してみると、書き写した花の絵は見本と比較すると左上にある花びらが3枚足りません。

「先生、私は今までのテストで一番絵を写すテストに難しさを感じたのですが、もしかして私は左側に注意を向けられていないのでしょうか…」

『今回、大沢さんは右側の脳のご病気をされていますが、右側の脳には【空間を把握する能力】があります。

恐らく、脳出血の影響で日常生活にほぼ支障がない程度のごく軽度ではありますが、左側の空間を把握する能力が落ちてしまっているのだと思います。

これからリハビリ病院に転院されて社会復帰を目指されると思いますが、お仕事に支障が出ないようにリハビリをしていく必要があるので、今日の検査結果はリハビリ病院が決定次第そちらに送らせていただきますね。

でも、会話は問題ないですね!私は職員患者さんを含めて沢山の方にお会いしていますが、こんなに明確にお話しして下さる方には初めてお会いしました!』

「そう言っていただけて嬉しいです…」

ー最後の最高の褒め言葉が最早どうでも良くなってしまうくらい、この時の私はショックを受けていました。

テストの前に仕事についても聞かれたので「人と関わることやコミュニケーションが苦手で心の病気にかかり、休職を2度しました」と話した後だったこともあってか今思えば先生から最高の褒め言葉をもらった私。

でも、忘れてはいけませんー【私はひねくれモノ】です。

命があるだけでも有難いのに「後遺症は左手脚の麻痺だけじゃないの!?リハビリにもっと時間がかかるってこと!?私は一日も早く早く部署の先輩方と仕事がしたいのに!」と心の中で叫びました。

しかし、現実を受け止め切れていない私の心をそっちのけでリハビリメニューは進みます。

次は手のリハビリ。

プラスチックのカップを感覚と運動麻痺のある左手で掴み、移動させます。

左手をぎゅっと握ることすらできない私にはまだまだ難しく、カラン…とカップがテーブルに落ちてしまいました。

更には新しいメニューで、カップよりも重いお手玉を移動させるリハビリが始まりました。

移動以前にお手玉を掴むことすら、ひねくれた私の左手にはできません。

ぽとり、と床に落ちたお手玉を見て私のひねくれていて脆い心はついに決壊しました。

脳機能テストの結果を受け止め切れず、ひび割れていた私の心に更なる「現実」という名の濁流を受け止めることはできなかったのだと思います。

今度はぽとぽと、と両目から涙が溢れていました。そんな私の目を見たリハビリのヤシロ先生は慌ててティッシュを一枚差し出して『大丈夫、大丈夫。少しずつ、少しずつ良くなっているからね』と優しい言葉をかけて下さいました。

しかし、更にヤシロ先生の優しさを受け止めてしまった私の心は決壊を通り越して粉砕。

歯を食いしばっても涙は止まってくれません。

「大丈夫です、 大丈夫です!」戸惑うヤシロ先生を早く安心させたい一心で「大丈夫」という言葉を発しましたが、心の状態と真逆の言葉によって散り散りに引き裂かれた心からは私の脳血管から湧出していた血液のようなさまさな感情を含んでドロドロしているナニカが溢れて、両目から溢れる涙に変わっていました。

そうして、病室に戻っても涙が止まらない私は涙が溢れ続ける両目でゆっくり溶けていくアイスクリームをぼんやり眺めていました。

ひんやりと冷たいアイスクリームを溶かしてしまったのは、様々な感情を含んで熱くなった私の涙のせいでしょうか。それとも、退院した後の日常生活で待ち受ける、いわゆる健常者向きの世界と私の世界との軋轢が生むであろう摩擦熱のせいなのでしょうか。